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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)9111号 判決

原告 田久保義男

右訴訟代理人弁護士 望月邦夫

被告 日宝興産株式会社

右代表者代表取締役 池未定雄

右訴訟代理人弁護士 坪井昭男

主文

一  被告は原告に対し、金一五〇万円およびこれに対する昭和四九年四月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨の判決ならびに仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、茨城県真壁郡真壁町所在のゴルフ場とゴルフクラブ「日宝真壁カントリークラブ」(以下「本件クラブ」という。)の開設、経営等を目的として設立されたものである。

2  原告は、昭和四七年一二月ころ、被告との間で、本件クラブの会員となるため、金二〇〇万円を被告に預託する旨の契約(以下「本件預託契約」という。)を締結し、右金員を被告に交付した。

3  ところが、その後、被告は前記ゴルフ場の開設に消極的となり、その開設の見通しがつかない状態になった。

4  そこで、原告は、昭和四九年二月ころ、本件預託契約を解除すべく、被告に対し、その旨申し入れたところ、被告は、これを承諾し、前記預託金二〇〇万円を同年四月一〇日までに原告に返還することを約束した。

5  しかるに、被告は、原告に対し、右の返還期限に預託金二〇〇万円のうち金五〇万円を返還したのみで、残額金一五〇万円の返還をしない。

6  仮に4の主張が認められないとしても、原告は、昭和四九年七月八日付書面(同月九日到達)で、被告に対し、前記預託金のうち、前項の金五〇万円を控除した残額金一五〇万円の返還を請求して本件預託契約の解除を申し入れたところ、被告は、同月一七日付書面(同月一九日到達)でこれを承諾した。従って、このとき、本件預託契約は合意解除された。

7  仮に5記載の金五〇万円が、同記載の趣旨のもとに原告に返還されたものではなく、被告主張のように被告の原告に対する預け金であるとするならば(したがって被告が原告に対し右金五〇万円の返還請求権を取得したものとするならば)、次のとおり主張する。原告は、被告に対し、昭和五〇年六月三日の本件口頭弁論期日において、右金五〇万円の預け金返還債務について期限の利益を放棄する旨の意思表示をした。そして、他方、原告から被告に交付された前記2記載の金二〇〇万円の預託金返還請求権については、原告は、いつにてもこの返還を請求しうる。そこで原告は、被告に対し、前記口頭弁論期日において、原告の被告に対する右金二〇〇万円の預託金返還請求権と、被告の原告に対する前記金五〇万円の預け金返還請求権とを、その対当額において相殺する旨の意思表示をした。

してみれば、右相殺の結果、原告の被告に対する預託金返還請求権は、金一五〇万円の範囲において残存することが計数上明らかである。

8  よって、原告は被告に対し、(1)前記4ないし6の合意解除に基づき、(2)もしくは7の預託金返還請求権に基づき、本件預託金残額金一五〇万円、およびこれに対する4の約定返還期限の翌日である昭和四九年四月一一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1および2の事実は認める。

2  同3の事実は否認する。

被告は、前記ゴルフ場の土地開発許可申請手続を、担当者である茨城県に対してとっているなど、その事業目的の遂行に尽力しているのであって、ゴルフ場開設に消極的になっている事実はない。また、右ゴルフ場の開設は同県の審議の遅れにより当初予定されたとおりの進捗は見ていないが、開設の見通しがつかない状態になっているわけではなく、多数の本件クラブ会員がその開設を期待している状態にある。

3  同4の事実は否認する。

請求原因2の預託金については、原告と被告間において、本件クラブの会則に従い、七年間は返還しない旨の合意がなされている。そして、右の期間中は、被告の事業目的の遂行不能が確定しない限り、本件預託契約の合意解除はなし得ないことになっている。被告は、2記載のとおり、その事業目的の遂行に尽力しているのであり、前記事業目的の遂行不能は確定していない。

4  同5の事実のうち、被告が原告に金五〇万円を交付したことは認め、その余の事実は争う。

被告は、原告から金員の融通方を申し込まれたため、原告代理人訴外二村正浩(原告が本件クラブに入会した際の紹介者)に対し、右金五〇万円を預け金として交付したのであって、前記預託金の一部を返還したものではない。

5  同6の事実のうち、原告が金一五〇万円の返還を請求した事実は認めるが、その余の事実は争う。

6  同7の相殺の主張事実は争う。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因1および2の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告と被告間で、本件預託契約について合意解除がなされたか否かを検討する。

1  ≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一)  本件クラブの開設・経営を目的として設立された被告は、ゴルフ場とゴルフクラブ開設のための土工事着工を昭和四八年二月末、同工事完成を同年一二月、その開場を同四九年一〇月と予定し、パンフレットを交付するなどしてその旨を一般の第三者にも表明したうえで、本件クラブの会員募集にあたった。そして、原告がこの募集に応じ、昭和四七年一二月ころ本件クラブの会員になるため金二〇〇万円を被告に預託して交付したことは請求原因2に記載のとおりである。

しかるに、被告は、同四八年一二月ころになっても、ゴルフ場の開設に必要な用地を十分に確保しないし、ゴルフ場開設のための工事にも着手できないため、その開場の見通しが全くつかない状態であった。そして口頭弁論終結時である昭和五〇年七月八日現在においても、ゴルフ場は未だ開場になっていない。

(二)  そこで、原告は、前記預託金二〇〇万円の返還を求めるため、同四九年二月ころ、本件クラブに入会する際の紹介者であった二村正浩を伴って被告方に赴いた。そして、原告は、被告の常務取締役である鹿島績に対し、預託金を返還してもらいたい旨申し入れたところ、同人は、同年四月一〇日までに右の預託金二〇〇万円を全額返還する旨、原告に約した。

(三)  しかし、被告は、同四九年四月一〇日、原告に対し、金五〇万円を支払ったのみで(この事実は、当事者間に争いがない。)、残金一五〇万円の支払をしなかった。そして、その際、前記鹿島は、前記二村に対し、本件クラブの他の会員との関係もあるので、右金五〇万円は被告の二村に対する預け金として交付した形式にしてもらいたいと申し入れ、二村もこれを承諾し、乙第二号証(「授り証」と題する書面)を作成して被告に交付した。

(四)  原告は、同年四月一〇日に前記預託金二〇〇万円を返還する旨の約束がなされたにもかかわらず、金五〇万円が返還されたのみで、残金一五〇万円が返還されなかったので右残金の返還を求める旨記載した同年七月八日付書面で、被告に対し、右残金の返還を催告した。これに対し被告は、原告に対し、右返還の約束の存在を特に否定することなく、右金員の返還期限を二か月間猶予して欲しい旨の書面を原告宛に送付するにとどまった。

2  以上の事実を認定することができる。≪証拠判断省略≫

右の事実によれば、昭和四九年二月ころ、原告と被告との間で、本件預託契約を合意解約し、預託金二〇〇万円を同年四月一〇日までに原告に返還する旨の合意がなされたことが明らかである。

3  もっとも前記の乙第三号証によると、本件クラブ会則六条には、「入会預り金は、会員資格保証金として会社に預託し、ゴルフ場の正式開場後七年間据置き返還請求をすることができず、返還する場合には取締役会および理事会の承認が必要である。」旨の記載がなされている。そして、同七条には、「退会の場合には入会預り金は返還されるが、預託後七年間は返還請求をすることができない。」旨の記載がなされている。

しかし右の規定は、ゴルフ場が予定どおり完成し正式開場の運びとなる通常の場合を予想し、正式開場後に会員からの預託金返還請求を無制限に許したのでは、ゴルフ場の運営資金にも窮するにいたる場合のあることを考慮して設けられたものであって、前記認定のように、ゴルフ場の土工事完成予定日である昭和四八年一二月になっても、なおゴルフ場開設に必要な用地を確保することさえできず、ゴルフ場開設のための工事着工もできず、その開場の見通しが全くつかないような事実関係にある本件においては、前記の規定はその適用をうけるものではなく、前記の期間内であっても、預託契約を合意解除して預託金の返還を約束することはなんら妨げられるものではないと解するのが相当である。けだし、このように解するのが、本件クラブの会則をめぐる当事者の意思解釈としては合理的であると考えられるからである。

してみれば、前記規定の存在は、原被告間で本件預託契約が合意解除された旨の前記認定になんら影響を及ぼすものではない。

三  以上のとおりであるから、被告は、原告に対し、前記合意解除に基づき、本件預託金残額金一五〇万円と、これに対する前記約定返還期限の翌日である昭和四九年四月一一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よって、被告に対し右義務の履行を求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 栗山忍 裁判官 飯田敏彦 裁判官南輝雄は職務代行を解かれたため署名押印することができない。裁判長裁判官 栗山忍)

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